タイトル通りただただ回想していきます…。
消費者という原点
もともと私は「創作ができない、けど憧れる」人間でした。世の中には創作するひと、その創作物があふれています。それらに私は感動し、心動かされ、ひたすら摂取する人生でした。そんな私は「クリエイティビティ(創造性)」がない、「永遠の消費者」と自己を定義付けていました。
それでもやはり憧れというものは、どういうわけか人を「あちら側」に惹きつけます。自分も創ってみたい。そういう気持ちは絶えずありました。
何度も挑戦はしたことがあります。大学ではまずDTMサークルや放送研に入り、先輩たちに基礎を教えてもらいながらがむしゃらに足を踏み出していました。しかし、どうしても途中で心折れてしまいます。それはセンスがないのか、知識がないのか、わかりません。どうやっても何も作れないのです。自分に自信をなくすことの連続でした。そこで至ったのが「永遠の消費者」。自分は消費者という立場でしか存在できないのだ。そう自分を納得させていました。
絵心とは
絵心という言葉があります。たいてい、絵を描くことが苦手な人が使う表現です。端的に言いますと、絵を描くのに絵心は関係ありません。関係あるとすれば、スタートダッシュが少し早いか遅いか程度の差です。私は絵を描きはじめてから自分の無知さに大いに気づきました。教則本を読むと、基礎中の基礎が知らなかったことばかりで、妙に納得しました。一例を書いていきます。
髪はつむじから生えてるんだぜ
なんだか当たり前のことですよね。でもこれを絵に落とし込むと、髪がとても自然に描けます。前髪なんかは特にそうです。生え際を原点にして放射状に線を引くことが基本で、そこを意識せずに描くと不自然な絵になってしまいます。
髪の表現は模索の日々です…。
不自然な絵とそうでないもの
個人的に上手な絵を描く人の絵は、「不自然さ」がないものだと思っています。自然に受け入れられる絵というものは、現実に即した表現で成り立っています。逆に言えば、「不自然さ」のない絵を描くことができれば、上手く描けたと言っていいでしょう。そこで必須になるのがやはり「基礎」です。絵心がある人は感覚的にそこがわかっているのだと思います。
されど基礎
なんだかまわりくどい話を長々としてしまいました。ごめんにょ…。
結論を言うと、基礎さえ身につければ絵心なんて関係ないのです。その基礎は本屋さんの教則本だったり、ネット上の解説サイトや動画なんかでも、どこでも手に入ります。それほど難しいことではありません。ただ、その基礎をすっ飛ばすと、いつまでたってもぎこちない絵になります。自分が納得できない絵が他人に評価されるとは私は思っていません。その時点で、最大限に自己の持てる力を振り絞って描いた絵に、なんら価値のないものでしょうか。
自信をもってほしい
そういう訳で、私が絵を描き続けることができた理由のひとつに、「根拠のない自信」を持ち続けたというものがあります。例え他人に受けなくても、見向きもされなくても、諦めることはありません。諦めたらそこで試合終了です。例え根拠がなくても、自信を持ち続けて描くことをやめなければ、私は成長を絶対保証できると断言します。その成長速度は人によって違うのも当たり前です。でも後退することはありえないと思っています。
きょうのまとめ
なんだか説教くさい記事になっちゃったよね!!
あとでお仕置き部屋ねw
今回は自分の回想と、お絵かきを始めたいけど自信がない子に向けてつらつらと書いてしまいました。でも絵を描くにあたって、一番伝えたいことを書いたつもりです。自信をもってほしい。私は創作を始めた人は応援せずにはいられません。
いっしょにがんばろ!!
(第4回に続く)
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